エキスパンダ



               森田カオル


「強力エキスパンダあります」
という手書きのPOPが目に入った。体を鍛
える道具を探していたのだった。店の中は健
康器具やら健康食品やらさまざまな物がしか
し意外に整然と陳列されている。ガラス戸を
開けると人の良さそうな中年女性の販売員が
出てきた。
「体を鍛えたいのでしたら最新器機もありま
すよ」
「いえ、低周波のビリビリってのは苦手で…
…やっぱり昔ながらのトレーニングがいいんですけど」
 彼女は少々訝っている様子だったが、やが
てこう言った。
「うちの〈エキスパンダ〉ですか? あれは
トレーニング器機ではありませんよ」
 そしてレジ下のショーケースから、寸胴な
広口瓶を取り出した。
「これなんですよ」
 瓶のラベルを見ると、「原材料 ジャイア
ントパンダ」と描かれている。
「ワシントン条約に引っかかるでしょ!」
「大丈夫、雑種にしてあるから。比内鳥なん
かと一緒ですよ」
「パンダと何を掛けたんですか」
 一日一錠、個人差はあれおよそ十日で筋肉
量がはっきり増えると説明された。それでも
倫理上の問題があると言うと、彼女は言った。
「滋養のために鰻を食べるのと一緒です」
 彼女はカウンターの上にパンダの描かれた
小袋を出した。「試供品です」
 躊躇していると彼女は言った。
「三日分です。これだけでも結構力の漲りを
実感できますよ」
 小袋を取り、上目遣いでわたしは言った。
「……鰻を食べるのと、一緒ですよね?」
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