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	<title>小説・短説 - 鶏肋亭</title>
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	<description>森田カオル　小説・短説</description>
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		<title>第1話⑤</title>

		<description>　目覚めてから、レイナは、暫く現状把握…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　目覚めてから、レイナは、暫く現状把握に戸惑っていた。<br>
<br>
　目覚めたことは自覚していたが、違和感があった。
　そうだ、私は、アジーの命と引き換えに、屠られるはずだ。
　でも、今目覚めているということは、まだ生きているのか。
　窓から陽光がさしているようで、濃い象牙色の窓幕は黄金色の光に縁どられている。
　日は高く昇っているようであった。窓辺には熱気が籠っていた。
　起き上がろうと手をついて、激痛を覚えた。右手の中指から手首にかけて包帯が巻かれている。
　手当がされている。常識的に殺す人間のけがの手当はしないだろう。ということは、自分は「生かされている」ということである。
　脳裏にアジーの面影が浮かんだ。<br>
<br>
　まさか、アジーが代わりに屠られたのか。<br>
<br>
　蜂の女は、約束は守るといったではないか。どういうことなのだ。
　部屋を見回してみる。
　四角い部屋の一面には、半間四方ほどの窓がある。部屋は、全てそこから差し込む光とその反射光に照らし出されている。直行する壁と天井は杉板張りのようである。
　床は畳であった。その上に夜具が敷かれ、レイナは横たわっていたのであった。
　起き上がって窓幕を少しめくってみる。硝子窓であったが、その外には目の細かい格子が嵌め込んである。その向こうには半間ほどの空間、そして、安山岩のような黒い石組の壁が見えた。
　畳を持ち上げてみようとしたが、やめた。窓に格子が嵌っているくらいだから、床も塞がれているに違いない。
　窓に対する壁面。そこには小さな潜り戸がある。木製だが、鉄板で補強されている。
　部屋の広さは四畳半ほどで、窓の横には衝立が置かれている。見ると、雪隠があった。<br>
　座敷牢なのであった。<br>
　ふと、自分の着衣を見た。
　厚手の晒し木綿の襦袢のみで、肌着も下帯も着けていなかった。その襦袢も、前の袷を三寸ほどのひもで三か所留めるようになっているだけで、帯は着けていない。
　夜具ですら、厚手の不織布と毛布で作られている。包帯も、よく見ると、不織布で、糊のような物質で保定されている。
　紐や、紐状に加工できる衣類は排除されているのであった。<br>
<br>
　扉の向こうに人の動く気配がした。鍵を開ける音が聞こえた。
「食事です。自分で下の窓を開けて取り出してください」
　若い男の声だった。言葉は丁寧であったが、事務的な口調であった。
「アジーはどうなったか、教えてくれないか」
　レイナは努めて平静を装って尋ねた。
「質問は一切受けません。悪しからず」
　威圧的な命令口調よりはましであるが、やはり、口調の冷たさに変わりはない。
　囚われの身である以上、こちらは受け身の立場しか許されていない。それは仕方のないことなのだ。
　ただ、アジーが殺されてしまったのなら、自分も舌を噛んで死ぬ覚悟は、できていた。
　だが、もし約束通り、アジーが逃がされていたなら、死にたくはない。生きて再会したい。彼の胸に飛び込んでいきたいと思うのであった。
　しかし、今はそれを知る手だてもない。
　状況から鑑みるに、この先彼女を待つ運命は、二とおりしかないと思われた。
　一つは、公開処刑。これは考えられることであった。
　もう一つ、それは、二人とも見逃されること。
　これも、考えられなくはなかった。
　<蜂>はむやみに<十字星>を殺さない。
　しかし、蜂にやられたとみられる躯も見つかっている。だから、これも確実ではない。
　言われるまま小窓を開けると、質素ではあるが、一通り整ったまともな食事が、膳に並べて差し出された。
　白米、炙ったえぼ鯛の干物、香の物は、蕪の浅漬けと、大きな梅干しである。それに、椀物は茄子の味噌汁。どれも湯気を立てるほど熱い出来立てである。味噌汁を一口すすると、山椒のほのかな香りがした。
　武家のごく普通の、いや、ある程度上家の朝食である。
　食事のみを見れば、客人の扱いであった。
<br>
　レイナは冷静に考えることにした。
　処刑する者に与える食事にしては、厚遇ではないか。逆に、屠られる者への温情とも受け取れるが。包帯も丁寧に巻かれているし、鈍痛は残っているが、顔を顰めるほどの痛みは、今のところない。
　利き腕は使えなかったが、左手をある程度使える訓練をしてある。レイナは左手で箸を操り、干物の骨を剥がしにかかる。焼きたての干物の骨は難なく身から剥がされた。
　骨に張り付いている、皮のような内側の身を剥がして、元の身の上に置く。その向こう側に、きれいに剥がされた骨を置く。
　囚われの身であるが、食事の作法は守りたいのであった。
<br>
　裕福ではなかったが、武家の誇りを重んじる家であったと、レイナは幼い頃を思い出していた。
　厳しかったが情には厚い父。病弱だったが、決して暗い顔を見せなかった母。一人子ではあったが、友達も多く、寂しさは感じなかった。
　だが、あの事件以来、彼女は世間の冷たさを嫌というほど思い知らされた。
　父は公金横領の容疑で投獄され、獄死したのである。
　病死のわけがなかった。拷問で死んだのであろうが、ついにそれは公表されなかった。容疑は直ちに事実に変えられた。死人に口なしで、彼女の父にすべての咎が振り向けられたのである
　だが、彼女の家は取り潰されなかった。温情裁定だということだったが、後の噂では、その裁定を下した評定所の長官の友人が、横領の張本人だったのである。濡れ衣をかけた詫びのつもりか、身代わりになった父への罪悪感からかは知らない。母は父の死後半年も経たぬうちに亡くなった。すっかり衰弱していたからであった。
<br>
　まだ十歳だったレイナは、とある商家の養女に迎えられたが、養女とは名ばかりで、学校へ通えたこと以外は実質下働きと同じであった。
　彼女が十三歳の時、その家の主が彼女に手を付けた。激しい抵抗も空しくなすがままにされるしかなかった。
　だが、二度目の時、彼女は用意してあった簪で主人の目と男根を刺して逃走した。計画した逃走であった。
　逃走先は、学校の教師の家。この女教師が、実は十字星の情報屋であった。レイナの明晰さを知っており、事情も知るところであったから、次に何かあったときは、と指示を与えておいたのだ。
　レイナの主人は以前から年端もいかぬ娘に手を出す悪癖があり、今回の事件でそれが明るみに出ることとなった。今までも幾度か悪行が日の下にさらされる危機はあったが、全ては金の力で闇に葬ってきたのであった。
　主人は一命は取り留めたものの、寧ろ、死んでしまった方がよかったかも知れなかった。蟄居を命じられ、息子が家督を継いだが、元より放蕩息子で全く役に立たないため、番頭が一切を取り仕切り、今は父同様蟄居の憂き目にあっている。
<br>
　事後の全ての情報は、レイナ自身が探り当てた物であった。
　その事件以来、レイナは十字星で学び、鍛えられ、やがて手下を何人も使う地位になっていたのである。
<br>
　凌辱を受けたあの日以来、男を一切遠ざけて生きてきた。アジーにしても、役目はそつなくこなすものの、男としてはまだ頼りないだけに、異性として意識したこともなかった。
　それが、今こうして運命共同体になろうとは、昨日までは夢にも思っていなかった。
<br>
　昨日、という言葉が思い浮かび、思わず緊張した。
　本当に昨日か。実は幾晩も眠っていたのではないか。
　普段剃刀で毛をあたっている部分を指で探ってみた。一晩で伸びる長さではなかった。丸一日、あるいは二日は眠っていたようであった。
　はしたない仕草に我に返り、再び膳に向かう。責められて押し広げられた股関節の痛みは少し残っていた。縛られていた腕も、かさぶたが固くなっている。そして、無性に腹が減っていた。
　己の生を意識した途端、空腹を感じる自分に苦笑した。
　まさか、こんな牢屋の中で、飯をうまいと感じようなどとは想像だにしていなかった。今、彼女は目の前の膳の食べ物を口に運ぶことに集中していた。
　気を失う前まで、己の命を投げ出す覚悟を決めていた人間だとは思えぬな、と彼女は苦笑した。
<br>
　膳の物を平らげ、小用を済ませると、再び眠気が襲ってきた。もしや一服盛られたのか、と思い、意識を集中する。だが、落ちてしまうものでもない。単なる眠気のようであった。小窓の向こうで、膳が下げられる音がする。続いて、木の盆に載った水と包薬が小窓から出てきた。
「化膿止めと痛み止めだ。飲まないのも自由だが、飲んでおいた方が良いぞ」
　さっきの男の声ではなかった。責めを受けていたとき、背後から聞こえていた、あの女の声だ。
「なぜ殺さない」
　とっさにレイナの口をついて出た言葉であった。
　向こうの人物の気配は、しかしそれを無視して遠ざかっていった。
　水の碗は、厚手の白い樹脂でできており。割れそうな代物ではない。
　癪ではあったが、素直に従うことにした。
　そして、自然に訪れた眠気のまま、午睡に落ちた。
<br>
　次に目覚めた時、牢の中は暗かった。ただ、間接光で天井が仄明るく照らし出されていた。
　目が回る感覚があるが、痛みは軽くなっていた。日中の薬のせいかと思われた。
　汗で体中が粘つくような感触であった。しかし室温は汗ばむ程には感じられない。寝汗であった。
　夜具までは濡れていないが、襦袢は肌に張り付いていた。
<br>
　ふと扉の方を見ると、白い服が畳んで置いてある。
　手に取ってみると、今身に着けているのと同じものであった。
　着替えまで出してくれるとは、と、レイナは笑った。
「着替えたら、今着ているほうのは、小窓から外に押し出せ」
　あの女の冷たい声であった。まあ良い。男に見られるよりはましだ。
　レイナはそれでも、扉からなるべく死角になる所に身を寄せ、単衣を脱いだ。結んである紐は、左手でたやすくほどけた。
　膝と内腿に炎症があるのは、攻められたときの傷だ。その時、自分の陰毛に違和感を覚えた。
　いつも下帯からはみ出さぬように、濃くはないが広めに生えている陰毛を少し剃っているのだが、昼間見たときは、やや伸びているかな、という程度で、剃ったところとそうでないところの区別がついたのだが、今は境界がわからなくなっている。腋の毛も、だいぶ伸びている。
　ということは、あれからさらに、かなりの時間、眠っていたことになる。
　真新しい単衣を羽織る。紐は何とか結べたが、固結びになってしまった。次は解けないだろう。まあ良い、着たままでも、不便はない。
　何度も「まあ良い」を意識の中で繰り返していることに、彼女は気付いた。妥協している自分がいる。もう、生命の危機が去り、現状に甘んじている自分に苦笑した。
　それが<蜂>の意図なのかどうかはわからない。だが、責めを受けたことも、囚われていることも、彼女にとってはそれほど重要なことではなくなっていた。<蜂>に対する敵愾心もない。今はただ、アジーと伴に陽の下に放たれることが最大の関心事になっていた。
　思えば、後の彼女の身の置き方を決定する下地がこの時すでに出来上がっていたのであった。ただ、今はだれも、そんなことを夢にも思わないのではあったが。
<br>
<br>
<br>
「よほど強い思いを内に秘めていたんでしょう、二人とも」
　若い男が言った。
「互いの無事を確認した途端、激しく抱擁しましたから」
　それを聞いていた女――オルウェナは含み笑いで答えた。
「責められている間に気づいたのでしょうね、自分の思いに。わたしがあの若い男の事を口にした途端、彼女は人が変わったかのようだったもの」
　レイナを責めていた冷たい声の主は、オルウェナであった。
　普段の彼女は、愛くるしいという表現がふさわしい、うら若き乙女なのだが、拷問をさせると、〈艮〉でさえ顔を顰めるほど徹底していた。今回の責めなど、生易しい方であったと、後にこの若い男〈颯天〉――ディゼットは述懐している。
「責めて吐かせるやり方は参考になった？」
　オルウェナは微笑みながらディゼットに問うた。
「笑いながらそんなこと言わないでください。背筋が寒くなりますよ」
「〈薔薇〉には無理だけど、あなたならできるよ。〈酉〉の衆だって、こういうことは一通り心得ていなければいけないよ」
「それはそうですが……」
　そういって、かれは座敷牢の方を見た。先日までアジーが囚われていた独房の隣の区画をにらむ、赤毛の少女がいる。ディゼットと伴にレイナ達捕縛に加わっていた少女である。彼女の見つめる先にある牢屋に、一人の少年が閉じ込められている。
「彼は責めるなと言われましたが、その理由は教えてはいただけないのですね」
　すると、オルウェナは口を尖らせた。
「教えようにも、わたしも知らないのよ。ご隠居からの指示だから」
　ご隠居とは、モフを指していた。
「ご隠居は何かご存知かもしれないけど……」
「おおもとの指示は〈梔子のお局〉から、というわけですか」
「大体そんな所でしょうね」
<br>
　〈子〉の副長級であるオルウェナさえ知らせられない秘密が、あの少年にはある、ということなのか。
　〈能力者〉だという事は聞いた。でも、それを超える秘密があるのには、間違いないのだ。
　全ては〈梔子の局〉の御意のままである。彼自身、まだ会ったことのない人物。オルウェナも二度しか会ったことがないという。
　普段はどうやって生活しているのか、全く不明である。城の〈梔子の間〉に隠棲しているので〈梔子の局〉の異名をとる人物。
　今の彼には、上からの指示に従うほかなかった。それが〈蜂〉の一員たる自分の役目である。彼はそう考えて、詮索をしようとする気持ちを鎮めようとしていた。
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		</content:encoded>
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		<dc:date>2011-10-20T19:56:36+09:00</dc:date>
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		<title>第1話④</title>

		<description>「そうだ、あれは、確かに不自然だ」
　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 「そうだ、あれは、確かに不自然だ」
　〈不夜楼〉から二百メートルほど離れた黒塀に、男と女が溶け混むように身を潜めている。
「こんな夜中に二人でこっそり、とくれば、逢引とか駆け落ちというところだろうが、見てみろ、どう見たってそんな間柄にはみえねぇ」
　女は紫の頭巾で表情は読み取れないが、連れの男に対して明らかに上段からの物腰で接している。とても言い合った仲には見えない。
「なあ〈鷲〉の人。悪りぃがここでお別れで頼む。この若い二人は確かに俺が引き受けた。〈山〉に事の次第を知らせてくれねぇか」
　男はそう言って、四十がらみの、少し小太りの男の顔を見た。男は愛嬌のある表情を浮かべると、右手の指で丸を作って見せた。
「了解。後は頼むよ〈艮〉の人」
　そう言うが早いか、その体型からは想像もつかないほど素早く、そして静かに、〈鷲〉と呼ばれた男は姿を消した。<br>
　若い二人――そう、まだ十代の青年と少女は、黒塀の男女をじっと見守っている。
　そこはクロスの町の北、俗に黒塀呼ばれる地区である。その名の通り、黒塀に囲まれた一帯で、〈不夜楼〉を中心とする色町である。
　クロスは純然たる宿場町でありと商業地であるが、対して黒塀は純然たる歓楽地である。クロスは町の南側に住宅地が広がるが、黒塀は、クロスからの大通り以外には、周囲に建築物は無く、塀の外側は灌木に囲まれ手織り、その外側はブナやシラカバなどの落葉樹林が広がるのみである。
　〈艮〉たちは、灌木の陰から、不審な二人連れを監視していたのだ。
　やがて、二つの人影はすっと闇に溶けた。
「行くぞ」
　〈艮〉がそう言うが早いか、三人もその場からさっと姿を消した。<br>
　ここは、高原に続く山裾で、深夜にはある程度涼しくなるのだが、まだ宵の口と言ってもよい時刻である。日中の火照りがまだ漂う闇は、粘性を帯びて体にまとわりついてくるようだ。
　前をゆく男女は気配も消さず、真っ直ぐにどこかへ向かっているようである。向こうが艮達に気付いていないのであれば、あまりにも素人くさい。
「相変わらず、こういう事は下手くそだ」
　〈艮〉は苦笑した。
　あの二人が何の目的で夜中に動いているのか、それは今はわからない。しかしこんな時分に、逢い引きでも駆け落ちでもない男女が闇に紛れて行動しているのは、誰が考えても、如何わしい。
　〈艮〉が覆面をすると若い二人も倣った。間を置かず男女の方も動き出す。三人も音もなく後を追う。一旦二人の姿が闇に消えるが、艮は迷わず暗がりの道を辿る。
　車の扉を開く音。その瞬間艮が若い男の方に指示を出す。
「加速して止めてこい」
　若い男の姿が消える。間を置かず鈍い金属音。驚き慌てる小さな叫び声。
　二人連れは何が起こったのかわからぬまま、その場から逃れようとした。
　その男の首筋に峰打ちを与えたのは艮であった。女の方も、背後から何者かに叩かれた、と感じた刹那に、意識を失っていた。
　車の中にもう一人、小柄な中年男がいた。彼も車を捨て逃走にかかる。が、彼も天地が逆転する感覚を覚えた後、昏倒した。
「間違いねぇ、＜十字星＞だな」
　車内から飛び出した男の顔をあらためた〈艮〉が呟く。知った顔であった。
「〈薔薇〉よ、念のために二人とも縛っておけ。こっちの男は、逃がして問題ない」
　〈薔薇〉と呼ばれた少女は素早く紐で男女の手足を縛りあげた。その間、少年は周囲を警戒していた。
「〈艮〉、誰か来ます」
　殺気が近づいてくる。姿を現す前からこんなに殺気を発散しているようでは、大した使い手ではない。が、油断は禁物である。〈十字星〉は飛び道具を使う連中を増やしたという情報が〈艮〉の耳にも入っている。
「伏せろ」
　〈艮〉が言った瞬間、空気を割いて唸る砲弾が頭上を掠めた。続いてもう一発。少し間をおいて、同様に二発。
「〈颯天〉は俺と来い。〈薔薇〉はこの二人を盾にしてここに居ろ」
　男たちは身を低くして走り出す。<br>
<br>
　彼らを狙撃したのは、ガタイの良い二人の男であった。
「三人とも、やられたみたいだな」
　申し訳程度の顎髭を生やした男が言う。
「相手が〈蜂〉だとしたら、命までは取られちゃいねぇだろうが、捕まったとなりゃ、面倒だわな」
　もう一方の、旋毛の辺りが禿げ上がった中年男が応える。
「後腐れの無いように、一緒に殺っちまうか」
「あくまでも、不可抗力としてな、巻き添えってことにして」
　と話していた二人の表情が凍りついた。
「おい、野郎二人がこっちへ向かって来るぜ」
「おめぇは背の高いほうのを殺れ。俺は、もう一方を…」
　ここまで話して、二人はその次の言葉を失った。
「野郎、どこへ消えた！」
　注視していたはずの二人の姿が、忽然と消えた。隠れたのかとも思ったが、間に視界を遮るものはなく、かといって灌木の陰に隠れたようにも見えなかった。真っ直ぐこちらへ向かってきたその姿が、一瞬で消えたのだ。
　禿頭の脳裏に、ある男の姿が浮かび上がった。
「まずい、レイモンだったら、勝ち目がねぇ。ズラかるぞ」
　と禿頭が言った時はすでに遅かった。ちょび髭は白目をむいて横ざまに倒れた。
（馬鹿な、いくらレイモンでも、この距離をこの時間で詰めれれるはずがねぇ）　　
　禿頭は戦慄した。相手がレイモン＝サイレンなら、手筒では太刀打ちできない。素早く腰間から白い刀身を走らせて正眼に構える。
　不意に四、五メートル先に、背の高い男が出現した。ちょび髭が狙うはずだった方だ。間髪置かず禿頭は斬りかかる。背の高い男はわけもなくその刀を躱す。
　蹈鞴を踏んだ後、向きを変えようとした刹那、後頭部に激しい衝撃を食らって、禿頭はもんどりうって倒れた。
　男の背後に、いつの間にか〈艮〉が立っていた。
「こっちの禿は、可愛そうだが消えてもらおう。こいつは俺を知っている」
　〈艮〉は刀の鞘から畳針のようなものを引き抜くと、禿げ頭の首筋に、何気なくすっと差し込んだ。禿げ頭は一瞬痙攣すると、二度と動くことはなかった。
「後は〈卯〉さんたちがやってくれる。俺たちは引き上げるぞ」
　その五分後、そこには気を失った一人の小柄な中年男と、前輪の片方が壊れた車を残し、人の姿はすっかり消えていた。
　時期を間違えたのか、気の早い草雲雀が一時鳴いて、また静かになった。<br>
<br>
<br>
<br>
　鼻腔口腔に水が流れ込んで目が覚めた。呼吸をしようとしてそれが気管に入る。苦しい、激しくむせると、水は吐き出された。前髪から幾つもの水滴が瞼の間に入ってくる。頭から水をかけられていたらしい。意識を失っていたようだ。
　周囲は薄暗かった。部屋は窓もなく。たった一つの電灯のみが、室内を照らしている。
「囚われたのか」
　女は理解した。椅子に座らされてはいるが、両腕は後ろ手に、背もたれに縛り付けられている。服は脱がされていたが、肌着はそのままのようだ。
　室内は蒸していたが、気が遠くなるほどではない。
　自分に水をかけた者は、背後にいるようだ。
「状況は、わかっているかな」
　女の声であった。
　囚われた女は、答えなかった。
　急に後ろから顎をつかまれた。
　むせ返して口を開けていた女は、無理やり歯の間に板のようなものを噛まされた。完全に口を、歯を合わすことができない。舌を噛み切られないための猿轡であろう。男の手のようだ。
「まず、名前から言ってもらおうか」
　抑揚のない話し方である。
　囚われた女は、黙っていた。
「悪いことは言わない。黙っていても、いずれわかる。無駄に苦痛を味わうだけだぞ」
　床から浮いていた女の両足が、不意に何者かにつかまれ、左右それぞれに引き開けられた。女は悲鳴をかみ殺そうとしたが、猿轡のせいで、嗚咽となって漏れてしまった。
　両足はそれぞれ、椅子の両脇の太い柱に荒縄で縛り付けられた。
　その膝の上に、砂の袋を振り分けに結び付けてある紐が載せられた。
　膝が拉ぐと同時に、縛られた足首もねじれ始める。
　女は努めて意識を失ってしまおうとした。
「我慢も無駄。我慢しても、わかってしまったら、我慢のし損だぞ。〈十字星〉の情報屋、イタムロのレイナ…」
　女は我が名を呼ばれて我に返る。
「黙っていても、損だと言ったろう」
　相変わらず姿を見せずに後ろから、無機質で抑揚のない声が聞こえてくる。すぐ耳元で囁きかけているようにも聞こえるのだが、しかし、側に居る気配がない。
　レイナと呼ばれた女は、自分の名が割れたことに訝りつつも、しかしそれだけしか分かっていないのではないかという推測があった。面が割れていて、名前だけは知っている者が、この組織――おそらく<蜂>――に居るのかもしれない。
　女の声は、しかし相変わらず、感情の感じられない口調で問いかけてくる。
「単刀直入に聞こう。どんな情報を得たのだ？　それさえ話してくれれば、すぐにでも解放しよう、お前の連れも一緒に」
　脳裏に、行動を共にしてきた、若い男の面影が浮かんだ。男の名は、アジー。無論、本名ではない。レイナという我が名も、本当の名前ではない。
「しかし、話さねば、共に消えてもらうことになるかもしれぬ」
　蜂が、十字星の情報屋を消したという話は、しばしば耳にしていた。だが、消えた情報屋の亡骸を見た物はない。たまに、消えた筈の人物によく似た者を、どこそこで見かけた、という話はあった。
　無機質な声の主の言葉は、単なる脅しに聞こえた。
　しかし、その時、後ろ手に縛られた彼女の右手が荒く掴み上げられ、次の瞬間、指先に激しい痛みを感じた。痛みは次第に強い鈍痛と刺痛となり、彼女の全身を駆け巡った。悶絶する彼女の声は、猿轡に遮られ、くぐもった呻きとなって狭い室内に響いた。
「爪の間に、剃刀を差し込んだのだ」
　女が囁く。
「話さなければ、全ての指に差し込むぞ」
　苦痛から逃れようと、レイナは身をよじり、叫び声を上げようとする。しかし、激しい痛みをごまかせるほどではなかった。
「痛いか？痛いはずだよな。我慢するのが、好きなら別だが」
　その言葉と同時に、さらに激しい痛みが指先を駆け巡った。レイナは絶叫した。猿轡すら効果がない。絶叫は彼女の全身を振動し、部屋の空気を共振させた。
　爪の間に刺した剃刀に、溶けた蝋が垂らされたのであったが、肉眼で確認できないレイナには何をされたのか分からなかった。声だけの女も、何も言わない。レイナの心に、恐怖が芽を吹き始めた。
「さっき、どんな情報を得たのか教えろ、といったが、実は、それについては、もうわかっていてな」
　急に口調を変えて、女が話しかけた。苦痛にゆがんだレイナの表情に、恐怖の色が現れた。
「アジーが口を割ったのだ。ある条件と引き換えで」
　攻めの手も止まった。つかの間、沈黙が流れる。
「彼は、お前を助ける代わりに、こちらの質問に答えてくれた。自分の命と引き換えに」
　レイナは目を見開いた、首を巡らせて、声の主を見ようとした。
「心配するな、約束は守る。ただ、こちらも条件を出した」
　女の声は、元の抑揚のない口調に戻っていた。
　レイナは、その言葉の続きを、全身を耳にして待った。
「どんな人物を使って探りを入れたのか、それだけは、彼は知らなかったようだ。で、交換条件だが」
　女はここで、一度呼吸を置いた。
「その人物の事を、お前は知っているな？　それを話してくれたら、お前だけは解放しよう。だが、話さなかったら、この話は無しだ。アジーは助けるが、お前には消えてもらう」
　レイナは、言葉の裏を探ろうとした。本当に、アジーはそう言ったのか。取引に応じたのか……。あり得ない話ではなかった。一緒に居ても、彼の、自分に対する思慕の念をしばしば感じることがあった。無論、裏稼業の上司と部下である。色恋沙汰はご法度。アジーは自分の気持ちを漏らすことは一切なかったが、強い思いは、香料と同じで、体という器を通して滲みだしてくるのである。
　私が答えなかったら、アジーは助かる。しかし彼は、口を割ったのだ。組織から追われることになるだろう。
　いや、もしかしたら、私が死んだら、自ら命を絶つかもしれぬ。そういう男だ。
　レイナは、痛みに耐えながら、逡巡する。
「蜂」が知りたがっている事柄、それを自分は知っている。取引ができるか。こちらが提案したことを、「蜂」は飲んでくれるか。
　提案は却下されるかもしれぬ。こちらは囚われの身だ。だが、言うだけ言ってみよう。ダメでもともと。
「知っている」
　沈黙が流れる。
　猿轡を噛んだままの不明瞭な声で、レイナは訴える。
「だが、代わりにアジーを助けてほしい。私は、いずれ組織に追われる身となる。ここで生き延びても、同じこと」
　しかし、女の声はない。攻めの男も、後ろに立ったまま、動く気配はない。
　痛みは相変わらずレイナを苛んでいる。この苦痛から逃れたい気持ちも強かったが、自分の身代わりにアジーが殺められるのは、もっと辛いと思った。早く、楽になりたかった。
「わたしが何も言わなければ彼は助かるけど、いずれ刺客に追われる。だから、彼を、何とか助けてほしい。それなら、話す」
「よいだろう」
　以外にも、相手は簡単に要求をのんだ。
「約束は守る。だが、約束が履行されたかどうかは、お前は確認できぬが、よいのか？」
「かまわぬ」
「では、今ここで話してもらおう。おい、アジーを隣へ連れてこい」
　部屋の外で、気配が動いた。程なく、部屋の外を複数の乱れた足音が近づいてくる。
　聞きなれぬ男の囁き声。そして、いつも聞いている男の声。
「レイナ！」
　この男の声が、こんなにも懐かしく、そして、愛しいと思えたことはなかった。束の間の幸福。だが、すぐに現実が彼女を絶望の底に突き落とす。これかた、自分が知っていることを話せば、アジーは助かる。しかし、自分はすぐにこの世からいなくなる。
「あなたは生きてくれ！」
　不意に、目頭が熱くなり、頬を涙が滴り落ちていくのを自覚した。
　今になって、なぜこんな感情が湧いてくるのだろうか。努めて、男女の情を排除して生きてきたせいもある。強い自制心がなければ、この世界では生きていけない。
　だが、わが身に先のないこの時、押さえつけていた感情が放縦にわが身を駆け巡っているのであった。
　レイナは心の平衡を保とうとしていた。絶望へと落ち込んでいく自己を、アジーの生存への望みで引き摺り上げようとしていた。女としての幸せは何一つなかった二十八年の人生だったが、最後に、男の情けを受けずに、逆にその男を救って死んでいく。そのことさえ誰も気づかず、居なくなったということは、消されたな、と思われるだけ。ただ、アジーだけが真実を抱いて生きていくだろう。それで良いのだ。思い残すことは何もない。
「我々は、約束は守る。お前たちも、それは知っているはずだ」
　相変わらず無機質な女の声が念を押す。
「やめてくれレイナ！あなたが死んだら、俺が生きる意味がないじゃないか！」
　そう、あんたは、いつもそうやって、私の事を気遣ってくれていたっけ。今度はあたしが恩返しだ。あたしが居なくたって、生きていけるよ。直にもっと若くて可愛い娘が現れるさ……。
「アジーを黙らせてくれないか」
　激痛と、猿轡越しのせいで不明瞭な言葉は、しかし外の男に届いたようで、くぐもった呻き声とともに、アジーが沈黙したのがわかった。
　もう、彼に言葉をかけてやれないと後悔したが、しかし、彼の悲鳴を耳に残したまま死にたくはなかった。これでいい。
「猿轡を取ってくれ。舌を噛み切る意味がなくなった」
　しかし、その前に、後ろ手に縛られていた指先に、再び激痛を覚えた。思わず悲鳴を上げる。爪の間の剃刀が除かれたのであった。すかさず、その手に何やら液体がふりまかれたようだ。痛みがすうっと引いていく。別の男が猿轡を外しにかかるのと同時に、女の声がした。
「すぐ答えてくれ。指先に麻酔をかけた。時間が経つと、意識が薄れてくるからな」 ]]>
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		<dc:date>2011-10-10T20:36:35+09:00</dc:date>
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		<title>写真</title>

		<description>写真

　　　　　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:large;">写真</span><br>
<br>
　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:medium;">森田カオル<br>
<br>
　ケータイから、彼のデータを消した。デー<br>
タフォルダから、メールの履歴と、写真も消<br>
した。<br>
　彼からのプレゼントは、すでに処分し終わ<br>
っていた。<br>
　さっき、彼のアパートへ行ってみた。ドア<br>
ノブに、電気や水道の開通を知らせるための<br>
書類が吊るされていた。<br>
　お互い行き来した部屋。<br>
　今までは、独りでいる時も、それは彼の存<br>
在に対する不在だった。<br>
　今は、「無」しかない。<br>
　彼と訪れた場所も、その「無」を証明する<br>
場所でしかなくなった。<br>
　小さなアルバムを、戸棚から取り出した。<br>
　彼の写真。彼が見た光景の写っている写真。<br>
彼を見ている私の面影が映っている写真。<br>
　同じ棚にしまってあった、手動式のシュレ<br>
ッダー。電動式だと危ないから、と、彼が買<br>
ってくれたもの。そこへ、写真を一枚ずつ差<br>
し込んで、ハンドルを回す。<br>
　がりり。<br>
　彼が断裁される。<br>
　私が過ごしてきた時間が、わたしの心が、<br>
粉砕される。<br>
　がりがりがりがりがりがりがりがりがり。<br>
　嗚咽が漏れる。<br>
　わたしは、口にハンドタオルを当てる。タ<br>
オルはやがて、塩辛くなっていく。<br>
　私は号泣しながら、ハンドルを回す。<br>
　痛いよ……。<br>
　私が砕かれていく。データではない、実体<br>
の私が、粉々になっていく。<br>
　彼の痕跡は、すべてなくなった。<br>
　私は、シュレッダーごとゴミ袋に突っ込ん<br>
で、ゴミ捨て場に放り込んだ。<br></span> ]]>
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		<dc:date>2010-12-06T23:37:39+09:00</dc:date>
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		<title>粗忽の使者</title>

		<description>粗忽の使者
　　　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:large;">粗忽の使者<br></span>
　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:medium;">森田カオル<br>

　俺も暇じゃぁねぇんだけどよ、ユリちゃん<br>
が連れてきたお客さんだからよ、何でも聞い
<br>てくれよ。……今あんたをここに案内してき<br>
た事務の女の子だよ、ユリちゃんって。<br>
　何？　マツオカ……ああ、マッちゃんか。<br>
アイツねアイツ。それがさ、聞いてくれよ。<br>
アイツ、この間よ、ハッハッハ……。いや悪<br>
ぃ悪ぃ。それがさ、間抜けな奴でよ、配車係<br>
に「練馬の大泉町」へ集荷に行けって言われ<br>
てさ。そう、関越インターのある。で、アイ<br>
ツどこへ行ったと思う？　「群馬の大泉町」
<br>へ行っちまったんだよ。電話かかってきてさ<br>
ぁ「関越道の東松山インターで降りて利根川<br>
越えて、地図見たんだけど、『大泉町一丁目』<br>
って載ってないんです。インターチェンジの<br>
そばって言われたんですけど、見当らないん<br>
です」だと。高速乗るときに気がつけって。<br>
通過してるってぇの。<br>
　それだけじゃねぇんだ。杉並に「堀ノ内」<br>
って所があるんだけど、あんた知ってる？　<br>
で、あんたももう察しが付いてると思うけど、<br>
アイツぁ川崎の「堀之内町」に行っちまった<br>
のさ。杉並に競馬場はねえってぇの。<br>
　目黒の「三田」と慶応大のある「三田」を<br>
取り違えたってぇんならまだわかるけどさぁ、<br>
あれじゃぁあんまりだ。あの調子じゃぁ、そ<br>
のうち「向島へ行け」って言われて、小笠原<br>
の「聟島」にでも行きかねねえぞ。もっとも<br>
漁船でもチャーターしなけりゃ行けやしねぇ<br>
けどよ。<br>
　そう言やぁ、アイツ、暫く見てねぇな。<br>
　えっ、あんた刑事さんだったの？　で、用
件は？　……「済んだ」って。何で？　マッ<br>
ちゃんの事だろ。知ってる事ぁ話すよ。……<br>
「理由がわかった」って？　俺ぁまだ何も話<br>
してねぇぞ。なあ、刑事さんよォ……。<br></span> ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2010-12-05T14:42:37+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>短説「わたあめ」</title>

		<description>わたあめ　

　　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:large;"><span style="color:#000033;">わたあめ</span></span>　<br>
<br>
<span style="font-size:medium;">　　　　　　　　　　　　　森田カオル
<br>
　夜もだいぶ更けてきた。賑わいが夕日の残
照のように、淡く群青色に染まってゆく。
夜店の裸電球の、眩しく黄色い光の海を離れ、
　少年と少女は鎮守の森の、人影の疎らなと
ころへと入っていった。
　少女は、丸太にラッカーを塗っただけのベ
ンチに腰を掛け、少年を手招きする。
「食べようか」
　二人の手にはそれぞれ、夜店で買ったわた
あめが携えられていた。
「たっちゃんのを食べたいな」
　少年のは、食紅が入っていない、真っ白い
ものであった。
　少年は躊躇いもなく、わたあめの入ったビ
ニール袋を千切った。
　ふわふわの物体からは甘い香りが漂った。
「御姉さん、もう戻ってくるんじゃないか？」
「まだまだ。あの二人、きっといちゃついて
時間を忘れてるよ」
　少女はそう言って、少年の持っているわた
あめにかぶりついた。
　少年も、反対側から食べ始めた。
　やがて、少女の唇が、少年の唇に触れた。
少女はその唇を吸った。少年も、夢中で吸い
始めた。
　少女の舌が、少年の舌に触れた。少しだけ、
ざらりとした感触だった。少女ははじかれた
ように身を離すと、無言で少年に自分のわた
あめを手渡し、そのまま走り去ってしまった。
　少年は暫く呆然としていたが、一人で家路
についた。
　自分の部屋に、少女からもらった薄いピン
クのわたあめを吊るして布団に入った。
　翌朝起きると、あんなにふわふわしていた
わたあめは見る影もなく、赤い斑ができて縮
こまってしまっていた。</span></span> ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2010-12-02T22:50:42+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>連作短説「グランアルカナ」0</title>

		<description>　続･粗忽の使者

　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　<span style="font-size:medium;">続･粗忽の使者</span><br>
<br>
　　　　　　　　　　　　　　　森田カオル<br>
<br>
――おい、松っあん。松っあんよぉ、皆、心
配してたんだぞ。とりあえず、無事なんだな。
よかったよぉ。
　肝潰しちまったよぉ、お前さんの事でっつ
って鎌倉警察から電話がかかってきた時はよ。
またこないだみてぇに向島と間違えて小笠原
の……。あ、悪ぃ悪ぃ、こいつぁ言わねえ約
束だったな。
　話は戻るけど、何だってこんな雪っ降りの
寒い日にこんな所……っつうとこの辺りの人
には悪ぃけど、お前さんの住まいでもねぇ所
でお巡りさんの厄介になんかなってんのさ。
　それよりさあ、あん時お前さん何で姿くら
ましちまったのさ。あれからすぐここへ来た
ってぇのかい。あん時って、ほら、昨夜だよ。
仕事の納会で皆で居酒屋で飲んで外に出た時
だよ。お前さん、二次会に行くって盛り上が
ってたくせに、何か急に駆け出してどっか消
えちまっただろ。ユリちゃんなんか心配で心
配で、カラオケだって一曲も歌ってなかった
んだから。なあ、ユリちゃん。
　何だって。ユリちゃんに頼まれた？　……
頼んでねえってさ。本人が言ってんだから間
違いねぇだろ。皆で雪道を歩ってる時だって
？　俺も一緒に居たけど、本人も言ってると
おり、何も松っあんに頼んでなんかなかった
ぞ。
　そう言やぁ確かあん時、ユリちゃん何か言
ってたなぁ。そうそう、もうそこいらへん雪
で真っ白になってて、それ見て盛り上がって
たんだよな。
「<span style="font-weight:bold;">だいぶつもってきた</span>ら遊びたいわね、わた
し、<span style="font-weight:bold;">かまくら</span>が好きなの」
　……松っあん、どうしたんだよ。何で泣い
てんだよ。わけを言えよ。ほら、泣いてちゃ
わかんねぇよ。
 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2010-11-21T01:54:55+09:00</dc:date>
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		<title>連作短説「グランアルカナ」XXI</title>

		<description>小さい世界

　　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">小さい世界</span><br>
<br>
　　　　　　　　　　　　　　　森田カオル<br>
<br>
「あたしはこれでいいの」<br>
　俺の頭を胸に抱きながら、女は答えた。張
りのある乳房には汗が滲んでいる。<br>
　俺は女の腰を右腕で抱き、左手は彼女の髪
を撫でるともなく撫でていた。<br>
　彼女と寝るのは二回目だった。チカという
綽名とメアドの他は何も知らない。彼女も俺
の本名は知らない。<br>
　場末のホテルの部屋は独特の消毒剤の臭い
がしていたが、寝具は柔らかで暖かだった。
「一回きりのつもりだったんだけどね、なん
か、またヒロと会いたくなったんだ。次があ
るかどうかは、わかんないけど」<br>
　俺も同じだった。サイトで知り合って一夜
限りの恋に落ちる。朝が来たらさようなら、
もう二度と会うこともない。でも、彼女は次
の週末に再び連絡してきた。俺の方は彼女の
連絡先のデータは消しておいたのだが。<br>
「ヒロは、特定の女と付き合うのはいやだっ
て言ったよね。寝るだけの関係だとしても。
あたしもそう。『付き合う』のはいや。でも、
抱き合うのは、好きなんだ」<br>
　衒いもなくそう言って、シャワーを浴びた
ばかりの俺の胸を唇で吸い始めた。<br>
　彼女の過去は聞くつもりもない。聞かない
のが礼儀だ。でも、俺も彼女も、心の底の方
に落ちている〈もの〉を互いに見出していた。
気のせいと言われるかもしれないが。<br>
　言葉ではなくても、指使い、唇の重ね方で、
自分と同じ〈臭い〉を嗅ぎ分けているのだろ
う。そして安心する。彼女の肉体と座標が重
なっている時に、俺は皮膚感とも気配ともつ
かない表現不可能な感覚を覚えた。<br>
　彼女は俺の全身を唇で愛撫する。俺も応え
る。愛や恋とは異なる愛おしさが、ここには
ある。泡沫のようではあるが。<br>
 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2010-11-20T00:09:38+09:00</dc:date>
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		<title>連作短説「グランアルカナ」XX</title>

		<description>　最後の審判

　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　<span style="font-size:medium;">最後の審判</span><br>
<br>
　　　　　　　　　　　　　　　森田カオル<br>
<br>
――昔々、美しく成長した我が娘を嫉んで、
殺そうとした妃がいたの。しかし姫はその手
を逃れ、魔界の者の力を借りて生き延びるこ
とができたのよ。
　やがて七人のドワーフ達と助け合って平和
に暮らしていたけど、妃はそれを見つけ出し、
またもや娘を亡き者にしようと、いろいろな
手を使ってきたのよ。
「それで、お姫様はどうなったの？」
――目の見えない王子が身代わりとなり、ま
たもや逃れることのできた姫は、妖魔の力を
借りて、妃に復讐をしたの。
「自分の母親を殺してしまったの？」
――昔の童話なら、地獄のような苦しみを与
えて殺したでしょうね。あるいは、今の童話
のようだったら、寛大な心を持って罪を許し、
平和に暮らしたかも知れないわね。
　でも、姫と妖魔がとった方法は、そんなの
とは違っていたの。
　王子の姿を借りて国に入った妖魔と姫は、
二人の婚礼という触れ込みで、姫の母へ使い
を送ったの。妃は他国へ嫁いだ娘をどうする
こともできないけど、やっぱり気になって、
その国へやってきたの。
　でもそこで待っていたのは、妃と同じ顔を
した城の人々でした。自分が一番美しくない
と気の済まぬ妃は、周りがみな自分と同じな
ので、自分の存在意義を失ってしまったわ。
　慌てて自分の国へ逃げ帰った妃を待ってい
たのは、妃と同じ顔と姿の家来達だったの。
王妃は気が狂い、姿を晦ませてしまったわ。
「まあ、恐ろしい。それで、お姫様は？」
――ほっほっ…。どうしているかしらね～。
　少女と話す老婆の髪は、歳に似合わず豊か
に黒々としていた。その傍らでは、紅蓮の髪
と黒い肌をした女が微笑みを浮かべていた。
 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2010-11-18T23:07:45+09:00</dc:date>
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		<title>連作短説「グランアルカナ」XIV</title>

		<description>　遺産

　　　　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　<span style="font-size:medium;">遺産</span><br>
<br>
　　　　　　　　　　　　　　　森田カオル<br>
<br>
「じいちゃんとばあちゃんの馴れ初め？」
　ヒロコ伯母に言われて、俺はコップを落と
しそうになった。
　祖父は、仏壇の白い骨箱に入って、祖母の
真新しい位牌と並んでいる。
　葬儀は昨日終わったが、納骨は明後日の予
定だ。葬儀に来られなかった弔問客を、先ほ
ど見送って一息ついたばかりだった。
「ばあちゃんと仲の良かった佐野のお婆さん
が言っていたのよ。じいちゃん、結婚の時に
言っていた通りに亡くなったって」
　伯母の話では、祖父は特攻隊員だったが、
終戦の日の後に出撃予定だったため生き延び
た。しかし祖母の家は空襲で全滅し、祖母は
天涯孤独になった。祖母に思いを寄せていた
祖父は結婚前提でこの家に祖母を住まわせ、
半年後に無事に入籍したそうだ。
「その時に、俺はお前を絶対一人にしない。
お前が死ぬまで死なない、って誓ったんだっ
て」
　祖母はヒロコ伯母と俺の父を産んだのち体
を壊し、五十年も寝起きを繰り返していた。
俺は床に臥せっていた祖母の姿しか知らない。
「ばあちゃんが死んで三月も経たないうちに
死んでしまうなんて運命かしらね、って皆言
うけど、違う。ばあちゃんがいなかったら、
じいちゃんもとっくに死んでたろうって」
　伯母が俺と二人の時にこんな話をしたのは、
俺が去年結婚したばかりで、春には子供も産
まれるからかも知れない。伯母も夫婦仲は良
かったが伯父は癌で早世している。俺の従姉
のナホコさんは、出戻りで伯母と同居してい
る。俺の心配をしてくれているのだろう。
　伯母に言われるまでもなく、俺には分かっ
ていた。俺にはじいちゃんとばあちゃんの血
が流れている。そして一緒に暮らしてきたん
だ。だから心配しなくていいよ。
 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2010-11-16T23:33:48+09:00</dc:date>
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		<title>第1話③</title>

		<description>　三

　宴が始まったころはまだ明るか…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　三

　宴が始まったころはまだ明るかったが、八時を回るとさすがに闇が立ち込めてくる。
　モフの勧めでカイラ親子は湯に浸かっていた。
　屋敷の北殿の更に奥に湯殿がある。奥殿と呼ばれている棟である。奥殿は二棟あり、東側が道場で、西側が湯殿である。
　湯殿は杉材を主とした木造の建物で、広さは十二、三坪もあろうか。旅館の大浴場にも引けを取らぬ立派なものであった。中央部に檜の一本柱が立ち、それを境に手前が洗い場、奥に浴槽が設えてある。
「ほう、湯は掛け流しだな」
　滾々と湯船から溢れ、格子の嵌った排水溝に流れ去る湯を眺め、父は呟いた。
「贅沢ですね」
　息子が答える。
「湯の量が豊かなんだろうなぁ。ここの湯は、城内の御庭番長屋と同じ源泉を引いてあるそうだ」
　昨日まで住んでいた見廻組長屋に風呂は無かった。部下三人の小さな班の長に過ぎないイスミルは収入も程々。そこから彼が使っている情報屋や密偵へ渡す費えの一部を捻出していたのだから、むしろ困窮していたと言える。
　湯屋へも毎日は通えず、ランドウも剣の稽古後の汗を洗い落とすために川で水浴びをしていた。それもせいぜい秋口まで。冬は日中でも凍死する恐れがあったからだ。
　そのような暮らしをする少年たちを、裕福な家の者は「河童」と言って蔑んだ。しかもランドウは泳げないので「駄目河童」と揶揄されていた。
　あの事件も、そのような場で起こった。
「父上」
　ランドウが改まって父を見た。
「私のせいで、父上には…」
　しかしイスミルはそれを遮って言った。
「待て待て、また謝るつもりか。あの事ならもう良いと言っているだろう。むしろ、あの場で友を助けたお前を、俺は誇らしく思う。結果としてああなってしまったが、元はと言えば向こうに責めがある。もう二度と口にしなくていいぞ」
　ランドウは返さなかった。
「お前の気持ちも分からぬではない。悪党とはいえ、手にかけてしまうと後味の悪いもんだ。俺も今まで二度あった」
「…」
「でもな、そうしなければ守れない事もある。これからも、そういうことがあるかもしれない。その時は躊躇うな」
　父の言葉は重かった。父はお役目のことを自分に話したことは今までなかった。父が人を斬ったというのも、今初めて聞いた。
「心残りがあるとすれば、親しい人たちに挨拶できないまま来てしまったことだな。でも、後の事は任せろと殿下も言って下さった」
　夜逃げ同然で昨晩、長屋を抜け出してきたのであった。持ってきたのは母の形見などの貴重品だけで、僅かな調度品も衣類も全て置いたままなのである。その代り、置いてきたもの粗末な品々など惜しくないほど、上等な着物や真っ新の家具が用意されていた。
　父にしても、今までの御役目から考えれば破格の待遇で千人組同心の参謀に抜擢されている。むしろ今までが役不足だったのだ、とアームントが語っていた。
「生真面目に考えすぎるところは、お前の長所でもあり、欠点でもあるな」
父は饒舌になっている。酒のせいだけではないようだ。サガンに居た時には、いつも難しい顔をして、言葉数も少ない人物という印象だった。もっとも、息子である自分の相手をするときは力の抜けた優しい父親だったが。
　饒舌になっているところで、父に聞き出したいと思っていたことがあった。
「大公家が、なぜ私たちのような者を招いて下さったのか、父上はご存じなのですか」
　この問いに、イスミルはいったん口を閉じたが、やがてこう答えた。
「お前の母の両親、つまり御祖父さんと御祖母さんが、大公家にゆかりのある人なのだよ」
　祖父はすでに亡くなっていたが、祖母は健在である。祖母と言っても老婆ではなく、今年五十歳になったはずであった。母が健在だったときに、一度だけ、親子三人でその家を訪ねて行ったのを覚えている。ただ、ランドウも小さかった。視界の開けた山の中腹に立つ家だったのを覚えているだけで、それがどこの土地だったかは、全く記憶にない。父は知っているはずだが、今、そこまで聞き出すのは憚られた。
　父に聞きたいことはまだ幾つもあったが、今日はこれだけにしておこう。父も疲れているはずだ。さっき父の背を流した時、その疲れに気づいた。若干背が丸くなっていたのである。半月ほど前に父と湯屋に行った際には、そんなことはなかった。
「なあ、ランディ」
　今度は父の方から話しかけてきた。
「シャラって、いい子だな。お前、仲良くやっていけそうか」
「仲良く、と言いますと？」
「言葉通りだ。これからおそらく、四六時中顔を突き合わせることになるだろう。住まいも同じ棟だし、秋からは学校へも通うんだし」
　昼にシャラから言われた事を思い出した。でも、具体的にどんな生活になるのかなど考えてもみなかった。
「大丈夫だとは思います」
　取って付けたようにそう答えると、父は少し声を出して笑った。
「無理に答えなくていいよ。まだお互いよく知らないんだしな。でも、第一印象は、悪くなかったようだな。あの子もお前も、宴会では楽しそうだった。ルシリナ嬢がちょっかいかけてはいたけどな」
　浴槽側の壁は二つの小窓があり、鎧戸が嵌めてある。今夜は晴天なので、上向きに開いていた。夏場にしては星がよく見えた。標高が高いせいもあるだろう。
　脱衣場の方に人の気配がした。しなやかに入ってきたので女性だと分かったが、シャラであった。
　彼女は新しい寝巻と着替えを持ってきたと告げ、そのまま帰って行った。
　それを汐に、風呂を上がることにした。おそらく、後には女性陣が順番を待っているのだろう。それに早く床に就きたい気持ちも強かった。
　今夜はゆっくり休もう。久し振りに枕を高くして眠れそうだ。
　昨夜まで不安を抱えていたランドウは、とにかく今、安心して眠れることが幸せであった。今は先の事を考える気は全くなかった。 ]]>
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		<title>第1話②</title>

		<description>　二

　蜩の声が、紫の重ねに彩られた…</description>
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			<![CDATA[ 　二

　蜩の声が、紫の重ねに彩られた空に染み込むように聞こえていた。「北の対」にある厨では、宴の用意も終盤を迎えていた。この「グレイ屋敷」の新たな住人を歓迎する席が設けられたのである。
　母屋である本殿の一階、三十畳程の広間には塗の箱膳が、円を描いて八膳並べられている。上座も下座もない。男用と女用、それぞれ四膳ずつが交互に置かれているのであった。
　飲み物と前菜がそれぞれの膳に整ったところで、背の高い中年の男と、小柄な老人がまず席に着いた。二人とも白髪に近いが、中年男性の方は生まれながらの銀髪なのであった。続いて女性が四人。そのうちの一人はシャラであった。
　最後にイスミルとランドウが、白い前掛け姿の小柄な女に案内されて席に着いた。二人は並んで座ろうとしたが、間にシャラが座る形になった。
「ここではこの様式が決まりなので、面食らっておられるだろうが、お許し願いたい」
銀髪の中年がイスミルにそういって、軽く礼をした。この人物がアームントである。
「いえ、郷に入らば何とやらです。なかなか結構な趣旨と承りました」
　そう答えたイスミルは、中肉中背で、むしろやや痩せ気味の体格である。長い黒髪を結わえて後頭部で留めるのは、それまで彼の住んでいた土地の習俗であった。ランドウはまだ元服前なのでシャラと同様の散切り髪である。
　イスミルは席についた一同を見渡した。自分の左隣がシャラ、その隣がランドウ、続いて座るルシリナ＝リンレイは、まだ少女の面影を残す若い娘であった。その左の老人はアームントの父モフ＝グレイ。彼が最年長者であるからか、本来のこの部屋の上座にあたるところに座している。続いてシャイナとアームントの夫婦。そして一周して自分の右隣に座った女性はエリナ＝ウリュー。栗毛の髪に青い瞳の彼女は、清楚な身なりにしてはいるが、漂う色香は只者ではない、とイスミルは感じた。若くして死んだ妻も美人であったが、エリナとルシリナは、所謂、市井の美女とは異なる雰囲気を発している。
　モフを除く七名が、この屋敷に暮らす成員である。モフはこの屋敷の設計をし、当初はここに住んでいたが、今はオーマル城外丸、御庭番長屋の一角に戸建ての家を構えている。
　この屋敷の今の当主であるアームントが、宴の開始を告げた。しかし、改まった開会の辞ではなく、「では、始めよう」といった程度の軽いものであった。各々の自己紹介はもう済んでいたので、敢えて形式張る必要もなかった。
　先付は八寸に盛られた二点盛りが前菜として供されている。親指大の小ぶりな鱒の押し寿司にコゴミの胡桃和えであった。コゴミは少し季節が遅いと思ったが、聞けばこの時期まで採取できる自生地があるとの事。
　エリナがイスミルに酌をする。イスミルも返杯をする。彼の表情は、美女を前にしても鼻の下を伸ばすようなところがなく、しかし恐縮しているのとも違った。ごくごく自然に異性に対しての態度をとっている、とエリナは感じた。イスミルの年齢は三十八歳。エリナの十歳年上であった。
　イスミルも、エリナの美しさばかりでなく、その振る舞いの優美なことに感心していた。やはり、素人の雰囲気ではない。このような寛いだ席でも、隙がないのだ。動き一つにしても、目線の配り方、手の仕草、言葉遣い、いずれもかなり修練を積んでいる。
　彼女はそういう仕事をしているのだろう。だが、今はそんなことはどうでもよかった。こうして出会い、酒を酌み交わし合う縁を得ただけで、十分だった。彼女のことは追い追いわかるだろう。
　そこへ、先ほど案内をしてくれた小柄な女が、他の二人の女に指示を与えながら、二の膳を運んできた。豆腐の田楽、オクラと茄子と鮎の天ぷらの三点盛り。それに吸い物であるが、具として短めの素麺を結んで泳がせてあったのにイスミルは驚いた。亡き妻が時々作ってくれた料理である。
　オルウェナは藍色の手拭いで、鮮やかな金髪を姉さんかぶりに包んでいる。その手拭いに控えめに染め抜かれた紋を見て、イスミルは瞠目した。それは、オーマル城の御庭番衆の紋であった。
　エリナが女に話しかける。
「悪いわね、こんなことあなたにさせてしまって」
　しかし女は笑みを浮かべて答える。
「いいんですよ、むしろ、わたしが進んで引き受けたんですから。どうか御気になさらずに」
　女の名はオルウェナというらしい。会話の内容から、御庭番衆でも要職にある人物のようであることがわかった。
「御庭番の方が今日の料理をなさっているのですか」
　イスミルは、思い切ってそのオルウェナという若い女に尋ねた。
「はい、大公殿下からの直々の御達しで、今日の宴を取り仕切らせていただいております」
　膳司（かしわでのつかさ）が食材を持ち込んで屋敷の北の対にある厨で料理をしているそうだ。
　その会話を聞いていたランドウが、父に尋ねる。
「私は何も聞かされていないのですが、どうして、私たちのような者を、大公殿下は歓待してくださるのですか」
　一瞬返答に躊躇したイスミルに代わり、シャイナが答えた。
「あなた方をこの地に招いたのは、他でもない大公家ですから、大公家がもてなすのが当然とお考えなのよ。それ以上のことは、パディア殿下に直接伺うしかありません」
　パディアはガレリィ大公家の嫡男で、今年十八歳。父ユージン＝ガレリィを補佐して将軍職にある人物であった。彼の職務には、オーマル城をはじめとするガレリィ家の城や屋敷の管理も含まれている。
「父上はご存じだったのですか」
「大公家に招かれたことか。それは聞いていた。だから最初から城に招かれたのだよ」
　今日、城内でシャラと語り合っていたことを思い出した。自分が城内に招かれた疑問などどうでもよいほど、シャラと語らい合ったことは幸福な出来事であった。
「忘れてた。シャラにあの答えをまだ教えてもらっていなかった」
　城の水浴場の掃除をしていた理由であった。
「そうだったね。実は、見返りとして、水を張った最初にあの水浴場で泳ぐ権利を頂いているんだ。パディア殿下直々にね」
　あそこは大公家かその賓客専用の施設である筈だ。
　ここで、ランドウは一つの推論に達した。
「もしや、シャラはパディア殿下の…」
　我知らず独りごちたらしい。側で聞いていたルシリナがそれに答えた。
「殿下の友達だというのは、皆が知っている。でも、許嫁ではないわよ。」
　そして黒く大きな瞳でランドウの目を伺った。
「嫉妬した？」
「殿下にですか？　そんな、大それたことを…」
　ランドウが動揺を隠そうとするあまり、かえって動揺しているのが、ルシリナにはおかしく感じられた。しかし、少年をからかうのは彼女の本意ではない。
「シャラは、ランドウ君とはもう友達になったの」
と、話をシャラへと向けた。
「はい、わたしは、もう認めてもらっていると思っています。ただ…」
　シャラが少し口ごもったので、ルシリナもランドウも、そして周りで聞いている大人たちも耳をそばだてた。魔が忍び込んだように、突如、場を沈黙が包んだ。
「…できれば、彼を綽名で『ランディ』と呼ばせてほしいのです」
　そう言ってシャラは赤面した。それを聞いたランドウも俯いてしまった。
「どんどん呼んでやってください。むしろわたしの方からお願いしたい」
　イスミルが柔らかな口調でシャラに語りかけた。決して芝居がかった口調ではない。父親としての心からの願いであった。
「まあ素敵。よかったわね」
　ルシリナが二人に囁いた。
「私たちも、ご子息を綽名で呼んでよろしいかしら」
　そう言ったのはエリナである。
「そうしてください。その方が、この子にはよいでしょう」
　一同から、朗らかな笑いが上がった。
　しかし彼らの和んだ宴を背に、オルウェナが、緊迫した面持ちで<電話機>で連絡を受け取っていた。そして側に控えていた若者に二言三言指示を与えた。若者は音もなく闇に消えていった。彼女は何事も無いそぶりで次の皿を運びながら、シャイナに目くばせした。シャイナも音もなく立ち上がり、廊下に出て厨のある北の対への渡り廊下に立った。
　オルウェナがすぐ寄ってきた。
「何者かが侵入しているようです。しかし姿は見えないかもしれない、と、これは<梔子局（くちなしのつぼね）>からの伝言です」
「わかった。<能力者>かもしれぬ、ということだな。私は戻らねばならぬ。万事任せた」
「御意」
　間もなく数名の男が厨の外に現れ、そして四方に散った。先程オルウェナから指示を受けた若者の顔もあった。
（能力者を使っているのであれば、<灰神楽>の手の者かも知れない。しかし、こんな手口で探りを入れてくるのは<十字星>のやり方だわ）
　いずれにしてもこの宴を妨害されるのは避けたい。侵入者が一人二人なら、アームントとシャイナの二人がいる以上、下手に手出しはしてこないだろう。だが、侵入者の手引きで暗殺集団が襲撃をかけてきたら、何とも言えない。
　しかし、今日は特に御用地の警備に力を入れているのにも拘らず、不審者の侵入を許したのは自分の失策だ。オルウェナは唇を噛んだ。
　そのころ、当の宴の人々は、シャイナを除いてそんな事態になっているとは露知らず、歓談をしていた。
　イスミルは。エリナだけでなく、ルシリナにも独特の雰囲気を見出していた。やはり素人と違う隙のなさである。黒髪に黒い瞳、白磁のような肌の彼女は、いかにも物静かな令嬢のような印象である。話す際にも伏し目がちで人と視線をほとんど交わさないのだが、その視線を向けてきたときの圧倒的な目力の強さに驚かされた。瞳に吸い込まれそうになる感覚を覚えたのである。それは、ランドウが女性に不慣れだという話題になった時である。シャラ以外の女性とも話す機会を増やすべきだとイスミルが語った際に、
「では私もこちらに居るときは、ランディと話すようにします」
　そう語って彼女はこちらを見つめたのであった。普通に話してもよい内容なのに、彼女の口調には、何か内に秘めた思いが感じられた。後日、彼女には可愛がっていた弟がいたのだが、音信不通であると聞かされた。その弟とランドウは同い年である。自分の弟をランドウに重ねて可愛がることが憚られたが、許されるのであれば、という心情であったのだろう。
　言葉遣いや立ち振る舞いもエリナに通じるものがある。この二人は同じ生業であると直感した。
　その彼女が、イスミルと話した直後にふと気を外したように思われた。この宴の外に注意が向いている。厨の方ではない。正門に続く中庭の方に目を向けている。いや、正確には、中庭の方向の、この座敷の一角を見ているのだ。イスミルも目を凝らしたが、何も発見できない。
「どうしましたか」
「いえ、ちょっと」
　その時、席を外していたシャイナが戻ってきた。そしてルシリナの仕草に目が留まった。
「何か見えたの」
「ええ、人影のようなものが、座敷の隅に」
　でも、そんな所に誰かいたら、他の人の目にも留まるはずである。
「やはり、何かいたのか」とアームントも答える。
「先程から、誰かの気配がしていたのだが、外にいる御庭番の面々とも違うし、何かと思っていたのだ」
　シャイナも神経を集中する。
「何も感じない」
「ああ、今は私も気配を感じない。出て行った、のかな」
　シャイナは手を二回叩くと、一同に呼びかけた。
「出て行ったのなら問題ないでしょう。外も御庭番衆が見回っているし、心配ありません。続けましょう」
　それを合図に次の膳が運ばれてきた。箸休めである。湯葉の磯部巻と、拍子木に切った山芋の葛餡かけであった。食感の対比を楽しませようという趣向であろう。
　一座の中で最長老のモフだけは、皆の会話に耳を傾けてはいるが自分から話そうとはしていなかった。ルシリナが不穏な気配を感じた時も、注視してはいたが何も語らなかった。その彼が、空いた膳を下げて戻ろうとするオルウェナに何やら手短に話しかけているのをイスミルは見た。その途端、それまで緊張していたオルウェナの表情が一瞬緩み、軽く、しかし慇懃に会釈をした。モフは何事も無かったように小鉢を手に取ったが、イスミルの視線が向いているのを認め、すると莞爾としてイスミルに話かけた。
「何もお気にかけずとも大丈夫です、イスミル殿」
　そう言われてイスミルは恥じ入る口調で答えた。
「これは失礼いたしました。どうも職業柄、人の仕草とか話に気を引かれてしまいますので」
「なに、結構なことです。そうでなければ見廻組の御用は務まりませんからな」
　ミリヤ公国の守護を担う<千人組同心>の参謀として、かれはこの地へ招聘されたのであった。彼はもともと優秀な同心ではあったが、人に先んじるのを良しとせず、前の勤めであるサガン領の見廻組（警察組織）では重職・要職とは縁のない地位に甘んじていた。
　以前、警察組織は家柄によって役職を世襲するのが通例であったが、かつての王国が瓦解し七つの公国に分かれた頃から、能力重視の風潮に変化してきた。
　一介の武士階級であり、要職にもなかったイスミルが、ミリヤ公国の軍事・警察組織である千人組の参謀に大抜擢されたのには、それなりの理由があった。
　モフとの会話はそれきりで終了した。歓迎の意を表し親睦を深めるこの宴の趣旨に合わないからであった。
　それ以降は事も無く宴が続いた。主菜となる三の膳は、飯物と焼物、煮物、香の物が一度に出るというのが最近の傾向であったが、ここでもそれに倣ったようだ。碗に盛られた白飯には、赤紫蘇を刻んだふりかけが一つまみ盛られている。焼物は鹿肉かと思ったが、風味が全く違うので尋ねると、牛肉だという。切り餅ほどの大きさの肉塊を遠火で炙り、塩と胡椒だけで味を付けてあった。肉自体の旨みが重厚なために、他の味をつけると邪魔になるためらしい。これは、シャラに尋ねられたモフが答えた事である。シャラも牛肉は初めて口にしたらしい。
　珍しく父親の酒が進んでいるな、とランドウは感じた。もともと飲めない口ではないのだが、普段は控えているのを知っていた。隣にエリナが座っていることは、それほど酒量に影響があるようには見えない。この場の雰囲気がそうさせているのだ、とランドウは思った。
　イスミルの会話の相手は、その時アームントに移っていたが、勧められるままに杯を口に運んでいた。ただし、嘗めるようにちびちびと、である。むしろアームントの方が磊落に杯を干していた。
　自分がしでかしてしまった事件のせいで、父にはかなり辛い思いをさせていた。免職させられても不思議ではなかったのだが、謹慎のみの処分であった。それも、謹慎を命ぜられた翌日には、もうこの地への異動が告げられたのであった。
　亡き母の旧知の老夫婦がカイラ家に出入りして、家事を手伝ってくれていたのだが、その老夫婦と共にガレリィ家からの使いという若い男が訪れた日であった。
　そしてその翌日、すなわち謹慎三日目に父は辞職しそのままこの地へ向かったのである。そう、昨夜のことである。
　今、なぜ自分がこの場にいるのか、わけもわからず実感も伴っていない。夢にしては長すぎる。隣で微笑む少女も美しい「お姉さん」も、実は幻なのではないか。
「ランディ、疲れているのかしら」
　ルシリナが見詰めているのに少年は気付いた。
「急に引っ越しが決まって、夜通し車で移動して、だったからね。かわいそうだったね」
ルシリナも、事情は把握しているようである。
「大丈夫です。ただ、こういう場に慣れていないので…」
　ランドウがそう答えると、ルシリナは悪戯っぽい表情に変わった。
「あら、お愛想なんて子供らしくない。正直に言っていいのよ」
「ランディが困っています、姉上」
　上気した頬のまま、シャラがルシリナを嗜める。姉と呼んでいるが二人は姉妹ではない。互いに姉、妹のように慕いあっているのだ。
「食事が終わったら、お風呂に入ってすぐに休んだ方がいい。そうそう、ここのお風呂の使い方の決まり、まだ教わっていないよね。誰が教えるのかしら」
「心配いらぬ。今日はイスミル殿と二人でゆっくり<大きい方>に入ってもらうさ。細かいことは明日、明日」
　そう言ってモフがルシリナを遮った。
「一緒に入る、とか言い出しかねないからな」
「あら、いいじゃありませんか。ランディはまだ女湯に入ってもいい年齢ですし…」
「刺激が強すぎるわい」
　ランドウは彼で、ルシリナやシャラと一緒に風呂に入る情景を我知らず想像して、恥ずかしさのあまり項垂れていた。
　他愛のない会話が続き、食事も〆の果物が供されていた。一口大に切り分けられた芳香の強い瓜が二切れ。甘味は軽いが、肉の後に食べると、口の中が洗われるようにさっぱりする。
　何者かが侵入していたことなど、もう誰も気にも留めていないかのようであった。
　ただ、オルウェナだけが、先刻モフから耳打ちされた言葉を心に留めている。
――すべて梔子の方のおっしゃる通りになっている。
　あとは<艮>（うしとら）に任せておけばいい。 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
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		<title>第1話①</title>

		<description>第一部	クロス篇

第一章

　一

　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 第一部	クロス篇

第一章

　一

　男の子なのかと思った。
　その娘は、城の敷地の一角にある、脇の水を抜いた石造りの水浴場を、長柄の刷毛で掃除していた。
　白い汗衫の肩の広さや、後垂のない藍色の水着、金色の髪を短く刈った項の辺りは、子供から少女へと変貌を遂げる前の彼女を、少年と見誤らせるに充分であった。
　しかし、少年の気配を感じて振り返った面立ちを目の当たりにして、彼は誤りに気付いた。
「あっ。あなたがランドウ君だね」
　輝くように、彼女は微笑んだ。
「初めまして、シャラと言います」
　凛凛しく男口調で話しかけてきた彼女の、程よく日焼けした顔に白い歯が印象的だ。屈託のない愛らしさにランドウは不意を突かれて咄嗟に言葉が返せなかった。お辞儀がぎこちなくなっているのを少年は自覚した。とたんに胸が苦しくなった。落ち着け、と自身に言い聞かせた。
　しかしシャラの方はごく自然に、ランドウに関して聞いていたことを話し、もう少しで掃除も終わるから、それまで少し木陰で休むように勧めた。
　なぜ彼女がミレア大公家の別荘であるオーマル城の水浴場を掃除しているのか、彼は疑問に思ったが、しかし自分のような者がこの城に招かれた事に比べれば、不可思議な事ではないとも思われた。勧められるままに白樺の木立を背にした長椅子に腰を下ろし、水浴上の縁越しに見え隠れする彼女の髪や肩を眺めていた。
「手伝う事、何かあるかな」
　今更思いついてそんな言葉をかけるのも間が抜けていると思ったが、何も言わないよりはましだろう。彼は立ち上がると、再び彼女へ近づいていった。
　すると彼女は顔を上げ、先程のように微笑むと
「あ、それならお願いしようかな」
そう言って、水浴場の向こうにある散水管を指し、水栓を開けるときに、先が躍らないように水槽に向けて構えていて欲しい、と頼んだ。そして刷毛の柄を持ったまま、石積みの水槽の縁に設けられた石段を登って彼の傍らへとやってきた。
　頭の分だけ、ランドウよりシャラの背は高かった。
　少年の目の前には、ちょうど、膨らみ始めた少女の胸があった。目のやり場に困って目線を下ろすと、紺の水着に包まれた下腹部の曲線が目に入ってきた。さらに目のやり場に困った挙句、思い切って顔を上げ、彼女の顔を見ることにした。
　蒼天の下、深い夏木立と芝生の緑の中に金色の髪の少女が笑っていた。
「でも、さっきこっちに着いたばかりじゃないのかい。無理しないで、城で休んだらいいよ」
　男言葉だが、物腰は少女そのものだった。シャラのような型の少女は今まで知り合ったことがない。ランドウは少し戸惑いながらも、しかし彼女に好ましい印象を抱いていたのであった。
「それぐらいどうと言うことはないよ。それに、もう少し話もしたいし」
　女子に自ら話しかけている自分に、少年は我ながら驚いていた。自分の性分の事もあるが、最近彼の身に降りかかった事件を考えれば、積極的に他者に近づいていこうとしている自分の変化が意外であった。
　ランドウは散水管の口を持って少女の側へ戻った。そして彼女の背中越しに話しかけた。
「君は城のお庭番衆ではないよね。その君が、どう見ても、やんごとなき人達が使う水浴場の掃除をしている。これはどうして？」
　すると作業の手を止めて、シャラは振り返った。
「なぜだと思う？ 当ててみて」
　悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言うと、彼女はまた作業を始めた。
　質問に対して謎で返されるとは思っていなかった。不意を突かれてランドウは真面目に考え始めてしまった。
「何かの罰、ではないな。こんなに明るく掃除をしているのだから。ということは、何かの見返りがあるか、そうでなければ誰かの代わりなんだろうけど...。代わりだったら君じゃなくてもいいはずだ。違うかな？」
　するとシャラは再び振り返った。
「なかなかいい線に近づいているね。そのとおり、見返りがあるんだ。それは」
「それは？」
「後で教えるね。そろそろ水を出すから準備をお願い」
　それまでの男口調を崩して少女はまた笑った。
　はぐらかされた格好だが、不愉快ではなかった。初対面で固くなっている自分に対して、気取りの無い彼女の態度は有り難かった。
放水管から噴き出した水が石積の水浴場の壁面の汚れを流してゆく。自分の鬱屈した気分すら洗い落としていくようであった。
　梅雨の明けた空は青く、梢を透してくる陽光は揺れる斑の模様を地面に落としていた。もう肌寒さはなく、むしろ木陰の涼しさが心地よい。標高が高いせいもあるのだろう、大気まで透明度が高いように思われた。目に見える光景の隅々までもが鮮明であると、ランドウは感じた。
　その光景の中心に、シャラがいた。思えばこのとき既に、少年は少女に恋をしていたのだろう。
　シャラも、水を撒く手を休めてランドウを見た。こちらを見ている少年の瞳には、青空と、木々の緑と、山々の碧とが映り込んでいると彼女は感じた。
「もう終わるよ。手伝わせて悪かったね。ありがとう、助かったよ」
「自分から言い出したんだ、礼はいらないよ」
　池ノ端に立っていた少女は、木陰の少年のもとに歩み寄り、その左隣に腰かけた。
「ちょっと休ませて。まだ、戻らなくていいでしょ」
　シャラは時折女言葉に戻るのか、とランドウは思った。シャラの口調が変わるのはある条件があったのだが、彼はまだそれに気づいていなかった。彼がもう少し大人だったら自明であっただろうが。
　日差しは強かったが、ブナ木立の木陰は涼しく、風も乾いているようであった。
　さっき会ったばかりのこの少女が警戒もせず自分に近づいてくるのは、悪い気がしなかった。ただ、女の子のあしらいに不慣れなランドウにとっては、少々気を使う必要があるという面倒はあったが。
　少女は、少年の左肩にややもたれるようにしていた。
「もう、下の屋敷には行ったのかな」
　それは、ランドウ父子がこの地に到着して旅装を解いた、山腹の屋敷を指していた。寝殿造りと武家造を合体させたような建物であった。ランドウが答えると、シャラは彼の目を見つめて話を続けた。
「あなたの住む部屋、あの一角は『東の対』って言うんだけど、厠のある『北西の対』に一番遠いのが欠点なんだ。あなた、夜独りで厠に行けるよね」
　少し見くびられたような気がして、ランドウは眉をしかめた。
「ごめんなさい。大丈夫だって前提で話しているの。前にあそこに住んでいた人は、女の人なんだけど、寒い夜には厠が遠くて難儀していたのよ。男の人は大丈夫なのよね」
「大丈夫というのか何なのか、寝床から厠までそんなに歩かなきゃならないような広い家に住んだことがないからな。よくわからない」
　シャラの質問の意図がつかめず、ランドウは少しぶっきらぼうな口調になっていた。だが、次に彼女から発せられた言葉で、彼は暫くの間、まともに彼女の顔を見ることができなくなってしまった。
「厠が遠くて面倒なら、私の部屋に寝泊まりしてもいいよ。大丈夫、父上からもう了解も取り付けてあるんだ」
　ランドウは、赤面しているのをはっきり自覚した。半ば恐慌を来している自分を守ろうと、何を言い出すのだ、と非難めいた言葉を発しそうになったが、それも飲み込んでしまった、するとますます口が開かなくなってくる。
　シャラも、少年の反応に気づいた。シャラを異性として意識している。彼女には嬉しいことではあった。
　少女は少年を促して立ち上がった。今、城の蔵人司ではランドウの父イスミルと、城の御庭番頭であるシャラの母シャイナ、それからイスミルの新たな職場の上司になるシャラの父アームントが話をしているはずであった。
「さっきの答えは、屋敷に戻ったら教えるよ。父上たちに挨拶をしたら、一緒に戻ろうよ、わたしたちの家に」
　そうだ。この少女とは、同じ屋敷に同居することになるのだった。改めてランドウは認識した。彼女とはうまくやっていけそうではあるが、しかし、彼の心の底に燻る重い気持ちを抱えたまま、この天真爛漫な少女と付き合っていくことができるのか、不安が頭をもたげてきた。
　シャラが左手を差し伸べてきた。手を繋ごうという意思表示であった。ランドウは少し躊躇した、が、敢えて、求められるままに右手を差し出した。シャラの手は、自分と同じく剣を振るう者の手であった。
（でも私は、手を繋ぐ資格などないのだ。私の手は、穢れているのだから……） ]]>
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		<title>連作短説「グランアルカナ」XVⅢ</title>

		<description>　変身

　　　　　　　　　　　　　　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　<span style="font-size:medium;">変身</span><br>
<br>
　　　　　　　　　　　　　　　森田カオル<br>
<br>
　朝のニュースがテレビから流れている。行
方不明の女子高生の事件がトップだった。半
分寝ぼけたまま洗面所に立つと、鏡の中の自
分の頭のあたりが、ちょっと不自然に変形し
ていた。触ってみると、硬く尖った物体が生
えている。眼鏡をかけなおして見てみる。
　角、なのか？
　玄関の呼び鈴が鳴る。近所に住む友人、タ
ケトの声がする。ドアを開けると、珍しく頭
にバンダナを被ったタケトが立っていた。
　彼は私の頭を見るなり、あっ、と小さく叫
び、慌てて玄関に入りドアを閉めた。
「お前もか」
　そういってバンダナをとると、いつもの茶
髪の旋毛のあたりに、まるでモヒカン刈りの
ような赤い突起物が見えた。
「お前、昨夜何食った？」
「牛丼」
「俺は焼き鳥だ。昨夜ナオトと焼き鳥屋で一
杯やったんだけど、今朝メール来て、あいつ
豚の尻尾が生えてたって。あいつは鶏嫌いで
焼きトンばかり食ってたからな」
　どうやら、直前に食べた動物の形質が発現
しているらしい。俺たち四人の仲間は先週、
バイトで新薬の臨床実験のドナーをしたのだ
が、思い当たる原因はそれしかなかった。
　残る一人の仲間、コージに電話をかけた。
彼はタケトのアパートへ向かっていたが、こ
っちに来るという。
　間もなく、これも珍しくサングラスにマス
クをかけたコージが現れたが、何か顔全体が
いつもと違っている。サングラスをとると、
彼は女のような顔になっていた。
　テレビには行方不明の女子高生の顔写真が
映し出された。今、目の前に、その顔にそっ
くりのコージが立っている。 ]]>
		</content:encoded>
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