縁日



                森田カオル


 祭りで賑わう神社の本殿の裏手、人気のな
い薄暗がりに、紺の浴衣のアヤは蹲っていた。
 彼女はタツヤの姿を見取ると、すっと立ち
上がって彼を見つめた。やはり泣いていたら
しい。いつもきつい印象を与える彼女の目つ
きだが、愁いを帯びて潤んでいた。
「こっちへ来て」
 不意に彼女は手を掴むと、裸電球の灯る小
さな祠の前にタツヤを連れてきた。
 虫籠ほどの大きさの賽銭箱のようなものが、
その前に置いてあった。
「五円玉入れてみて」
 有無を言わさぬ口調に押され、言われるま
まに取り出した五円玉を賽銭箱のような物の
上から投げ入れた。すると、その底の辺りか
ら、小指ほどの大きさの巻物が転がり出た。
タツヤがそれを取ろうとするが早いか、アヤ
はさっとそれを攫うと乱暴に封緘を引きちぎ
って広げた。
〈アヤトエニシナリ〉
 赤っぽい色の文字は、そう読めた。アヤは
自分の帯に挟んであった紙切れを開いて、タ
ツヤの目の前に広げた。青っぽい文字で〈タ
ツヤトエニシナリ〉と書かれていた。
「どう思う。」
 詰問するような口調でアヤは言った。
「これ、いくらお金入れても二度と出ない
の」
 アヤは財布の中からすべての小銭を出して、
タツヤの前で一枚一枚投げ込んだ。しかし硬
貨はすべて箱の底から吐き出されてしまう。
タツヤも倣ったが、同じだった。
「これが出たすぐ後に、アキヒロにさよなら
って言われて、泣いてたらあなたが来たの」
 タツヤもアヤも、そのまま黙ってしまった。
祭りの賑わいから取り残されたように、鈴虫
の声が聞こえていた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。