死の天使



               森田カオル


――とうとうこんな田舎にまで、こんなもの
ができたか。
 定年間近の刑事が、店の前に佇み、呟いた。
 所轄内の独居老人が、自宅や路上で突然、
認知症や痴呆症を発症、死亡に至る事例が頻
発した。事件性を考えた県警の調査により、
件の老人たちが発症する前に、ある店を訪れ
ているという共通点が浮かび上がったのだ。
 彼は店の扉を開けた。相棒の刑事が一人、
先に店に入っているはずだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 濃紺のメイド装束に身を包んだ愛くるしい
娘が、老刑事を出迎えた。話には聞いていた
が、これがメイド喫茶か。東京ではだいぶ下
火になってきたらしいが。
 五坪ほどの個室に通された。調度品も凝っ
たのを揃えている。店内のざわめきも聞こえ
ない。話に聞くメイド喫茶とは趣が異なるよ
うだ。先着しているはずの相棒も気になった
が、まず、店の出方をみることにした。
 給仕のメイド嬢が部屋に入ってくる度に、
他愛のない話をしながら、手がかりを探ろう
と試みた。だが、事件と関わりのありそうな
話はついに聞き出せなかった。
 ふと腕時計に目をやる。だいぶ長居をした
ようだ。あまり収穫はなかったが、今日のと
ころは引き揚げて、出直すしかない。
 会計を済ませて店を出ようとすると、メイ
ド嬢が何かを掌に乗せてきた。十センチ角ほ
どの白い箱で、赤いリボンが結んである。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。どうぞ
これをお持ちください。疲れすぎて辛いとか、
切なくてやりきれないとか、そう感じた時に
開けてくださいませ」
「……これは、何かね」
「はい、メイドの土産です」
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