森田カオル


 子犬を拾った。
 しかし自分のアパートでは飼えないので、
国の両親に相談すると、こっちで面倒見るか
ら連れて来いと言われた。
 週末にわたしは久しぶりに帰郷した。在来
線で二時間もあれば帰れるくせに、わけあっ
て足が遠のいていたのだ。
 両親とも犬は好きだが、最後に飼っていた
のが死んでから、実家ではかれこれ十年は犬
のいない生活が続いていた。
 一晩泊まって都会での仕事に戻った。
 火曜の晩に母から電話が来た。犬が夜鳴き
をするというのだ。母は何のつもりか犬を電
話口に連れてきて、わたしの声を聞かせた。
 翌水曜の晩にまた電話があった。昨晩は夜
鳴きをしなかったというのだ。
「お前になついているみたいなんだよ。また
今週末来てくれない?」
 その後の実験で、わたしの声を聴かせなか
った晩は夜鳴きをするのだ、と父が言った。
 わたしは悩んだ末、それまでの勤めを辞め、
実家に戻り再就職をすることにした。結婚に
失敗した四十路間近の娘が戻ってきたという
のに、意外にも両親は喜んでいるようだった。
それは、家に入ってくれるとばかり思ってい
た弟夫婦が、向こうの里での同居を始めてし
まったという寂しさもあったのだろう。
 子犬のおかげでわたしの人生は思いもかけ
ない方向へ針路を変えてしまった。けれど、
この子を連れて夜の散歩に出ると、なぜか心
の底が温かくなる。
 民家も疎らな農村の夜空は、天の川の星の
一粒まで見えるようだ。
 子犬は甘えてわたしの足にじゃれてくる。
 都会の暮らしに戻るつもりは、もうなくな
っていた。
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