小説短説「わたあめ」
わたあめ
森田カオル
夜もだいぶ更けてきた。賑わいが夕日の残
照のように、淡く群青色に染まってゆく。
夜店の裸電球の、眩しく黄色い光の海を離れ、
少年と少女は鎮守の森の、人影の疎らなと
ころへと入っていった。
少女は、丸太にラッカーを塗っただけのベ
ンチに腰を掛け、少年を手招きする。
「食べようか」
二人の手にはそれぞれ、夜店で買ったわた
あめが携えられていた。
「たっちゃんのを食べたいな」
少年のは、食紅が入っていない、真っ白い
ものであった。
少年は躊躇いもなく、わたあめの入ったビ
ニール袋を千切った。
ふわふわの物体からは甘い香りが漂った。
「御姉さん、もう戻ってくるんじゃないか?」
「まだまだ。あの二人、きっといちゃついて
時間を忘れてるよ」
少女はそう言って、少年の持っているわた
あめにかぶりついた。
少年も、反対側から食べ始めた。
やがて、少女の唇が、少年の唇に触れた。
少女はその唇を吸った。少年も、夢中で吸い
始めた。
少女の舌が、少年の舌に触れた。少しだけ、
ざらりとした感触だった。少女ははじかれた
ように身を離すと、無言で少年に自分のわた
あめを手渡し、そのまま走り去ってしまった。
少年は暫く呆然としていたが、一人で家路
についた。
自分の部屋に、少女からもらった薄いピン
クのわたあめを吊るして布団に入った。
翌朝起きると、あんなにふわふわしていた
わたあめは見る影もなく、赤い斑ができて縮
こまってしまっていた。
森田カオル
夜もだいぶ更けてきた。賑わいが夕日の残
照のように、淡く群青色に染まってゆく。
夜店の裸電球の、眩しく黄色い光の海を離れ、
少年と少女は鎮守の森の、人影の疎らなと
ころへと入っていった。
少女は、丸太にラッカーを塗っただけのベ
ンチに腰を掛け、少年を手招きする。
「食べようか」
二人の手にはそれぞれ、夜店で買ったわた
あめが携えられていた。
「たっちゃんのを食べたいな」
少年のは、食紅が入っていない、真っ白い
ものであった。
少年は躊躇いもなく、わたあめの入ったビ
ニール袋を千切った。
ふわふわの物体からは甘い香りが漂った。
「御姉さん、もう戻ってくるんじゃないか?」
「まだまだ。あの二人、きっといちゃついて
時間を忘れてるよ」
少女はそう言って、少年の持っているわた
あめにかぶりついた。
少年も、反対側から食べ始めた。
やがて、少女の唇が、少年の唇に触れた。
少女はその唇を吸った。少年も、夢中で吸い
始めた。
少女の舌が、少年の舌に触れた。少しだけ、
ざらりとした感触だった。少女ははじかれた
ように身を離すと、無言で少年に自分のわた
あめを手渡し、そのまま走り去ってしまった。
少年は暫く呆然としていたが、一人で家路
についた。
自分の部屋に、少女からもらった薄いピン
クのわたあめを吊るして布団に入った。
翌朝起きると、あんなにふわふわしていた
わたあめは見る影もなく、赤い斑ができて縮
こまってしまっていた。
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