ランナーズ



               森田カオル


 走る男の後を、青年は追いかけていた。青
年の手には、太くて長い杖。これが無いと思
うように走れないのだった。
 男はわき目も振らず、来る日も来る日も走
り続けていた。青年も、ひたすら男の後に付
いて走った。
 道は、大地の上をどこまでも伸びていた。
 男は無論、青年の存在に気付いていたが、
何の干渉もせず、言葉さえかけず、そのなす
がままに任せていた。青年も男に声をかける
ことは無かった。
 男に付いて走るのは、初めは相当に辛い事
であった。しかし、日が経つにつれ、次第に
辛さが軽くなってきているのを、青年は感じ
た。いや、それどころか、一緒に走り始めた
頃に比べて、男のペースが上がっているのに
気付いた。いつしか、杖も不要になっていた。
 二人は、暫く前後に連れ立って走っていた。
 ある日、先を行く男がふと立ち止まり、そ
の場に蹲った。何事かと思ったが、何のこと
は無い、靴紐を直し始めたのだった。
 青年は、男の傍らに立ち止まろうか、と思
った。しかし、思い直してその脇をすり抜け、
前へ出た。
 少し走って青年は、初めて、後ろを振り返
った。
 すると、男はすっくと立ち上がり、ニヤリ
と笑った。次の瞬間、男は青年をめがけて突
進してきた。青年は恐慌した。逃げ出したが
たちまち追いつかれた。
 男は青年に飛びついた。何をされるのだろ
う。青年は観念して立ち止まった。が、不意
に男は高らかに笑い、青年の肩を抱き、右手
を差し伸べた。二人は固い握手を交わした。
 二人はまた、共に走り出した。今度は肩を
並べながら。
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