遺産



               森田カオル



「じいちゃんとばあちゃんの馴れ初め?」
 ヒロコ伯母に言われて、俺はコップを落と
しそうになった。
 祖父は、仏壇の白い骨箱に入って、祖母の
真新しい位牌と並んでいる。
 葬儀は昨日終わったが、納骨は明後日の予
定だ。葬儀に来られなかった弔問客を、先ほ
ど見送って一息ついたばかりだった。
「ばあちゃんと仲の良かった佐野のお婆さん
が言っていたのよ。じいちゃん、結婚の時に
言っていた通りに亡くなったって」
 伯母の話では、祖父は特攻隊員だったが、
終戦の日の後に出撃予定だったため生き延び
た。しかし祖母の家は空襲で全滅し、祖母は
天涯孤独になった。祖母に思いを寄せていた
祖父は結婚前提でこの家に祖母を住まわせ、
半年後に無事に入籍したそうだ。
「その時に、俺はお前を絶対一人にしない。
お前が死ぬまで死なない、って誓ったんだっ
て」
 祖母はヒロコ伯母と俺の父を産んだのち体
を壊し、五十年も寝起きを繰り返していた。
俺は床に臥せっていた祖母の姿しか知らない。
「ばあちゃんが死んで三月も経たないうちに
死んでしまうなんて運命かしらね、って皆言
うけど、違う。ばあちゃんがいなかったら、
じいちゃんもとっくに死んでたろうって」
 伯母が俺と二人の時にこんな話をしたのは、
俺が去年結婚したばかりで、春には子供も産
まれるからかも知れない。伯母も夫婦仲は良
かったが伯父は癌で早世している。俺の従姉
のナホコさんは、出戻りで伯母と同居してい
る。俺の心配をしてくれているのだろう。
 伯母に言われるまでもなく、俺には分かっ
ていた。俺にはじいちゃんとばあちゃんの血
が流れている。そして一緒に暮らしてきたん
だ。だから心配しなくていいよ。
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