魔 法
               森田カオル

「お帰り。早かったのね。おやつ用意してな
いのよ。ご飯までもたないよねぇ。ちょっと
待ってて」
 母はさっと台所に向かう。薄力粉と卵、砂
糖にベーキングパウダーとココアの粉末。牛
乳がないときはコーヒー用のクリームパウダ
ー。微塵のためらいもなくこれらの物を棚か
ら取り出すと、ボールに入れて水を注ぎ手早
くかき混ぜる。そうしたら次にはレンジシー
トを小鉢の中にぴったりと張り、生地を流し
込む。電子レンジで二分弱。それだけで、と
びっきりおいしいスチームケーキのできあが
り。
 母の手は、わたしのためにさまざまな物を
生み出してくれた。あるときは家庭科の裁縫
箱を入れる手提げ袋だったり、またあるとき
は玩具だったり。あたかも、何もないところ
から素晴らしいものを生み出すような、魔法
の手だった。
 わたしは歳を取り、母も老いた。
 実家に帰る度に、小さくなった母の肩を、
背中をさすり、揉み解しながら雑談をするの
が楽しみになってきた。
 長年、家族ために働き続けてきた母。背中
も丸くなり、体も硬くなってしまったが、幸
いに、まだ健康でいてくれる。わたしあまり
出来の良い娘ではなかったが、真似事のよう
でも親孝行ができるのは、ありがたいことだ
な、と、最近思うようになってきた。
 マッサージをすると、母は暫くわたしの手
に体を委ね言葉に相槌を打っている。ひとし
きり揉み終えると、心地よさそうに伸びをし
て、わたしに向かってこう言うのだった。
「ありがとうねぇ。肩こりも腰の痛いのもふ
っ飛んでいっちゃうよ。お前の手は、魔法の
手だねぇ」
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